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논문 기본 정보

자료유형
학술저널
저자정보
沈煕燦 (입명관대학)
저널정보
대한일어일문학회 일어일문학 日語日文學 第53輯
발행연도
2012.2
수록면
369 - 386 (18page)

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本稿は、崔南善の朝鮮史硏究を中心として、情熱的な民族主義者であったかれが帝國日本のイデオロ?グに化していった軌跡を追うことを目的とする。しかし本稿は、そのような崔の轉向を斷絶や豹變、もしくは抵抗の論理として讀解することを拒み、朝鮮に「普遍性」が孕まれているといったかれの主張が、帝國のイデオロギ?として矛盾なく擦りこまれていく過程をえぐりだそうとするものである。なぜなら、「普遍」に對する渴望という點において、民族主義とファシズムはさほど異なるものではないように思われるからだ。
崔南善は『不鹹文化論』に代表されるいくつかの著作において、「檀君」や「밝park」などの槪念から朝鮮文化および東洋文化の起原を考究し、その「普遍的」な性質が世界の所?に散見しているという獨特な論理を展開した。これは、當時の日本人の朝鮮史硏究者たちの諸議論を覆すものであって、植民者側に當惑と不快感を與えるものとして機能しえたともいえる。われわれはこのような崔の戰略を「流用appropriation」、あるいは「ミミクリmimicry」という被植民者の巧みな抵抗の手立てとして讀み替えることもできる。
しかしながら、「普遍」への欲望をその懇願としていた崔の戰略は、帝國日本の「大東亞共榮圈」言說などという現實的な地平と交差せざるをえなくなり、また崔南善本人もそのような新たな「普遍」の建設に積極的に投企していくようになる。この地點において崔の論理は、「普遍」への欲望をその原動力とするファシズムの原理を充實に表現するものになったが、それは上述したように、かれの民族主義的な思想においてすでに芽生えていたものである。
このような崔の議論を、思想的な轉向、あるいは帝國の新秩序のなかにおける新たな民族主體の形成の試みとして解釋してきた從來の硏究には、民族主義とファシズムの相違という認識が大前提として據えられていたといえるが、本稿はむしろ崔南善の例を通じて、民族主義とファシズムに共有されている「普遍」への欲望を描きだすことを目指している。それによって、崔の諸作業には個人的な思想の變化といった問題を超えて、植民地や戰爭という時代の變奏が刻みこまれていたことが明らかになってくるだろう。

목차

〈要旨〉
1. はじめに
2.「宇宙の大生命」
3. 抱かれる日本/抱きしめる「밝」
4. トランプを切り直すこと
5.「言葉文學の向ふ」にあるもの――「밝」から「古神道」に、そして「大陸神道」へ
6. おわりに――マルトゥギ(말뚝이)の憂鬱
參考文獻

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