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저널정보
한국여성사학회 여성과역사 여성과역사 제19호
발행연도
2013.1
수록면
173 - 195 (23page)

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󰡔学問のすすめ󰡕や󰡔文明論之概略󰡕によって有名な福澤諭吉は、若いころから一夫一婦や男女の平等を主張し、女性にも「交際之道」を開きたいと考えていた。それは、日本を「男女共有寄合之国」と考える福澤にとって、男性とともに社会を担うためのネットワークの形成を意味した。明治改元以後、福澤が掲げた目標は、人々の「一身独立」であり、個人の確立こそが「一国独立」の基礎を成すと考えた。そして「一身独立」した個人を国家へと繋ぐものは、「人間交際」であり、近代社会は人間交際によって形成されると主張した。明治13(1880)年1月彼は、地方の活性化も目論んだ新たな情報ネットワークとなる交詢社を設立するが、女性は会員にはなれなかった。すでに「中津留別之書」(1871)や󰡔学問のすすめ󰡕第8編(1874)で男女の平等を説いた福澤であったが、同組織には現在に至るまで女性会員は存在しない。しかし福澤は、女性が人間交際の場から排除されてもいいと考えていたわけではなかった。「男女交際論」では、女性を人間交際から擯斥し「有れども無きが如きの地位に陥らしめた」のは、日本の「一大不幸」であると述べている。そして明治18(1885)年頃から福澤家では、女性を主客とする集会が行われるようになった。集会にはさまざまな種類があり、なかでも茶話会は人と人との交際の推進を目的とし、案内状には来賓たちの談話の媒介になることが主人の本意であると書かれている。しかし、福澤の妻や娘たちに関する資料からみれば、彼女たちの交際はほとんど縁戚関係の域を出ない。福澤家の集会は、表面上は女性も主体性をもった交際に見え、ネットワークの広がりを感じさせるが、しかし残存する園遊会や茶話会の招待者名簿から窺い知れるのは、集まっていた女性たちがその夫や父親を通じて、彼らに帰属する存在として福澤に把握されて招待されたことである。彼が作り得たのは女性個人ではなく、家族のネットワークであった。家族を単位とするネットワークになってしまえば、結果としてその交際は、新たな階層性を生む。福澤は競争原理を説くが、階層化されていく環境のなかではあまり意味をもたなかった。

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